コア・オブ・ソウル  (ミュージシャン)
専門:ミュージシャン
年齢:n/a

国籍も、生まれ育った場所も異なる3人が出会った場所は大阪のインターナショナルスクールだった。音楽を介して結びついた彼らは、活動の舞台としてまず、日本とアメリカを選んだ。

リベンジのNYライブ

 日本人のアメリカに対する思いは、おそらく世代によって大きく異なる。一生のうちに一度は行ってみたいと夢見て終わった世代、大きな夢を叶えようと日本を捨てた世代、画一的な日本の社会に収まらず飛び出した世代……。そして今ここに、日本とアメリカを並列に捉える世代がいる。

 コア・オブ・ソウルのボーカルである中村蕗子は大阪生まれ。生後まもなく渡米し、帰国したあと再び小学校6年生でアメリカに渡る。コンピュータ・マニピュレーターの飯塚啓介も大阪生まれ。6歳から中学3年生までの9年間をアトランタとカリフォルニアで過ごした。北京で生まれ、12歳まで中国で暮らしたソン・ルイが、ギターを務める。

友達はアジアにもたくさんいる

NY初ライブは予定より半年遅れたが、それでも日本でのメジャーデビューからわずか2年。日本で大成功してからアメリカに乗り込んだピンクレディや松田聖子世代とは明らかに異なる。本人たちも「これまでアメリカではジャパンミュージックといえばYMOやパフィーなどの『不思議な日本人タイプ』が多かったけれど、自分たちは明らかに違う。むしろそれぞれに異なるバックグランドを持った3人が作り出す音楽を感じてほしい」という。
  「日本で成功したからNYというのではなくてアメリカと日本を並列に捉えたいし、中国やマレーシアなどにもたくさん同級生がいるのだから今後はアジアでも活動していきたい」と話す彼らに、新しい日本のパワーを感じた。

3人は大阪千里国際学園で同級生として知り合い、1988年にバンドを結成した。2001年にメジャーデビューを果たし、2002年に出したファーストアルバム「Natural Beauty」は台湾、シンガポール、中国でも発売され、人気を得ているという。2003年にはセカンドアルバム「'Over the Time'TIME IS OVER」をリリースし、早くも今秋にはNYライブを予定している。

だが計画ではNYライブはさらに半年早かった。3人は今年3月にテキサス・オースティンで行われたSXSWミュージックコンファレンスに出演、その後NYでライブをする予定だったのだ。SXSWは世界中から音楽関係者が集まって作品を発表するイベントで約300組が参加。日本からも5-6バンドが出演したという。あの時、彼らはテキサスでの仕事を追えて夜9時ごろNYに入った。「いよいよNYでライブだ! と気合を入れたとき、会社から帰国命令が出た」のだという。アメリカのイラク攻撃開始が理由だった。すでに会場のCBGBも準備しているし、チケットも販売済み。できることなら敢行したかったが、帰国してすぐに日本でのツアーが控えていることもあり、安全をとってライブを断念した。わずか10数時間のNY滞在だった。「あまりにも急なことだったのでわけもわからず飛行機に乗り込んだが、日本に戻って家の玄関にたどり着いたとたん、後悔した」と振り返る。今回のライブは春の時のリベンジライブといえる.

友達はアジアにもたくさんいる

NY初ライブは予定より半年遅れたが、それでも日本でのメジャーデビューからわずか2年。日本で大成功してからアメリカに乗り込んだピンクレディや松田聖子世代とは明らかに異なる。本人たちも「これまでアメリカではジャパンミュージックといえばYMOやパフィーなどの『不思議な日本人タイプ』が多かったけれど、自分たちは明らかに違う。むしろそれぞれに異なるバックグランドを持った3人が作り出す音楽を感じてほしい」という。
  「日本で成功したからNYというのではなくてアメリカと日本を並列に捉えたいし、中国やマレーシアなどにもたくさん同級生がいるのだから今後はアジアでも活動していきたい」と話す彼らに、新しい日本のパワーを感じた。

 


 

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