コミュニティーインフォ
1989年渡米。NYU英語コース、パーソンズスクールオブデザインを経て、現在はフリーランスのグラフィックデザイナーとして活動中。2002年9月に初の著書となる『笑うニューヨークDELUXE』を講談社文庫より出版。今年5月には第二弾となる『笑うニューヨークDYNAMITES』を上梓し、出版記念サイン会を日本にて行った。 現在、愛犬のシベリアンハスキーの「チョビ」(コミック『動物のお医者さん』好きか?)と二人暮らし。何でも「チョビ」のほうが男の子にモテモテなのが口惜しいとのこと。
<vol.22> 新年番外編 『 ニューヨーク・犬社会の掟 』

新年番外編『ニューヨーク・犬社会の掟』
 ニューヨーク、特にマンハッタンには犬が多い。いや、別に犬が勝手に住んでいる
わけではなく、犬を飼っている人が多いということなんだけど。とにかく、マンハッ
タンには犬が多いのだ。かくいう私も犬を飼っている。名前はチョビ。シベリアンハ
スキーの女の子。性格は温厚だけど、今ひとつ社会のマナーについていけないタイプ
の犬である。今年9歳になるので、人間でいうと63歳。知らぬ間に飼い主であるリン
コを追い越して、おばさんになってしまった。
 チョビを飼い始めてまず気づいたのが、ペットと人間の距離感が日本とアメリカで
は大きく隔たりがあるということかな。日本ではあくまでも『ペット』と『飼い主』
だったけど(私が日本にいた時代はね)、こちらでは『家族』なのだ。であるからし
て、特に外出の機会が多く他人と接触する機会が多い犬の躾は、犬を飼う人の大きな
責任である。ご存じの方もいらっしゃるかもしれないけど、シベリアンハスキーとい
う犬種は、見た目とは裏腹に(目の回りにクマとか入っていてカブキ顔でコワイ)陽
気でフレンドリーでお調子者である。一人遊びが高じて坂道で転び、そのまま坂を転
げ落ちて電柱に激突するなんてこともあるぐらい、マヌケで落ち着きがない。そんな
わけで、チョビの躾には本当に苦労した。そして、散々苦労した割にほとんど実らな
かった。
 9歳にもなる現在でも、よその犬を見かけるとおらおらおらーっと飛びかかって行
く。本人には悪気はないらしいのだが(と思う)、相手の犬にしてみればとんでもな
い話である。人間に置き換えて言ってみれば、歩道をのんびり散歩している時に、歌
舞伎のメーキャップをした見知らぬ女がうおおおおおおーとか言いながら飛びかかっ
てくるようなもんである。ものすごくコワイし、第一迷惑である。お座り(sit)、お
手(paw)、待て(stay)、伏せ(down)の他に、high fiveとかlow fiveとかhugとかも
簡単に覚えたくせに、『通りがかりのよそ様にとびかかるな』という躾だけは、どう
してもできなかった。この事が原因で、何度嫌な思いを味わったことか。
 去る夏の日、アッパーイーストまで散歩の足をのばし、チョビと二人で静かな住宅
街をのんびりと歩いていた時のこと。前方からゴールデンリトリバーを連れたアメリ
カ人男性が歩いてくるのが見えた。相手の大きさからしてチョビが飛びかかっていく
可能性がとても高いと判断し(小さい犬には飛びかからない)、リーシュをたぐりよ
せ、チョビを足元にがっちり引き寄せ歩道の隅でやり過ごそうとした。すると相手の
男性が「僕の犬はとってもフレンドリーだよ」と話しかけてきた。いやだから、アン
タの犬はフレンドリーかなんかしらんけど、ウチのは飛びかかるんだってば。
 「大丈夫だよ。僕の犬はシティーで一番スイートなんだ」。 いや、だから、アン
タの犬がシティーで一番だろうが南インドネシアで一番だろうが、ウチの犬には関係
ないでしょうが。ウチの犬は飛びかかるんだってば。
 そんなリンコの言葉を全く意に介さず、
 「ほら。トライしてみよう」かなんか言いながら近寄ってくるバカ男。来るなって
ば! あっ。ダメだってば! あっ……。
 と思った時にはもう遅かった。へらへらした態度で(としか思えない)近寄ってき
た小物のゴールデンに向かって、「おらおらおらー」とチンピラのような態度で立ち
上がり威嚇するチョビ。いきなり立ち上がられびっくり仰天した小物ゴールデンは、
大きな図体のくせに、まるで生まれおちた瞬間に目の前に恐竜が立ちはだかっている
のを見たチワワのような声で泣きわめき始めた。キャインキャインキャイーン! と
いう小物の悲痛な叫び声に、バカ男は度を失い、リンコがリーシュをひっぱらなけれ
ばチョビに蹴りを入れるところだった。しかもただアホみたいな鳴き声を上げただけ
の小物ゴールデンにむかって「オウーカワイソウにスイーティー。大丈夫だったかい?
」かなんか言いながら、くちばしの部分をさすってやったりなんかしている。そして、
この世でサイアクの犬とサイアクの飼い主を見る目でこちらを睨み付けてきた。
 アホか。と言いたかった。本当は。だって「ウチの犬はとびかかるからダメ」って
言ったのに、アホみたいに近寄ってきたお前が悪い。しかもチョビは立ち上がっただ
けなのに、アホみたいな鳴き声を出したのはお前んとこのアホ犬じゃないか。
 しかしチョビのマナーが悪いのは確かだし、リンコの躾が至らなかったのも事実で
あるから、一応謝った。犬に。飼い主、お前には謝らんぞ。来るなと言ったのに近寄っ
てきたお前が悪い。
 犬に限らず、ペットを愛し、可愛がり、慈しむのは心の栄養になるし、大いに賛成
である。しかし、自分のペットはあくまでの『私のペット』であり、他人にとっては
何の意味も無い存在であることを常に自覚しておかなければ、トラブルの元である。
自宅の玄関前に犬のウンチを発見したら、たとえ自分が犬を飼っていてもものすごく
気分が悪い。自分の犬のウンチは拾っても、他人の犬のウンチなんか見るのもイヤで
ある。そして、リンコにとって、チョビはこの世で一番アホでマヌケでドンくさくて
役に立たない生き物だが、同時にこの世で一番大切で可愛くてお利口でいつもお花の
ようないい匂いのする犬だとしか思えないということは、決して誰にも理解されない
ということも自覚している(つもりである)。ペット可愛さに、盲目になっては、他
人に迷惑をかけるだけである。しかしここまで書いておきながら、今書いた文章を最
初から読み返してみたら、お前もじゃリンコ、と思った。まあいいか。やっぱり自分
のペットは世界一じゃ。よその犬なんかどうでもいいや。 ーおしまいー

 

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